「バクシン、バクシン」
266 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:09 ID:Wku2l9D/
殺されかかってから数年後、私は川崎にある某自動車工場で期間工として
働いていました。(本職は別、諸事情で色々やってます)
ここは、本社の方針で南米の日系人を積極的に採用していて(私と同じ期間工として)
色々やらかしてくれるのは専ら彼らで、(私は後に彼等のお陰で内定していた社員
採用を取り消され会社を辞める事になりましたが板違いなので省略)
「在」位はいたかもしれませんがこれといった問題もなく、「かの国」の人とは全く
無縁の世界でした。
「かの国」の●宇自動車(当時)から30人程度の人が2ヶ月間研修で来る。
と、ある朝の朝礼で言われた時も「へぇ」位にしか思いませんでした。
当時、その会社はドイツの某自動車会社との提携話(事実上吸収)で持ちきりで、
そのうち上司として生マイスターに会えるんじゃないか、という妙な噂もあり、実際あの
有名なエンブレムの付いた「国産」のドイツ車が検査待ちで置いてあったりすると
何か自分がグローバル化したような錯覚を起こし、無邪気にも「日本の国際化」に
ついて熱く語ったものでした。
そんな中、かの国の人が来ると言われても、
「ボディはともかく、エンジンは全て日本のOEM(当時)でしか車を作れない連中が
たった2ヶ月来たところで何の役に立つんだ?」
というのが正直な感想でした。まあ、実際はそのころ出来た「ISO9000」の検定絡みで
技術云々よりもQC(品質管理)を見に来ていたようでしたが。
「こっちには来ないから大丈夫だよ」
と、上司が言っていましたが、あれは私達にと言うより自分に言い聞かせていた
ような気がしたのを記憶しています。
私がいたのはエンジンの製造ラインでしたが、デカい機会で大雑把にやっているように
見えて実際は精度誤差±100分の1o、一番ラフなところでも±10分の1oが
要求されたので、ケンチャナヨが来たら一体何をされるのか…。今は上司の恐怖が痛いほど
分かります。
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267 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:10 ID:Wku2l9D/
前置きが長くなりましたが、私が彼らに遭遇したのは工場ではなく社員寮でした。
寮は今から40年位前、見渡す限り空地と畑しかないような所に立てられたため、
食堂や売店はともかく、診療室や床屋まで完備されていましたが(もちろん今は
開かずの間)そんな使われていない施設の中に「トレーニングルーム」がありました。
当時私はボクシングをやっていて(もちろん練習生)、川崎にあるジムにも籍をおいて
いたのですが(そのジムにいたのがOPBFを取る前の畑山隆則で、まんまTVのキャラでした)、
定時の時位しか行けなかったので、普段はその「トレーニングルーム」を使っていました。
私位しか使わないその部屋は設備が無茶苦茶で、サンドバッグはあるのですが天井から
吊るしているのではなく通販で売っている様なチャチなスタンドで、しかも妙に低く
ぶら下っているので、一発打つたびに派手に揺れながら30p位動いてしまい使えず、
ダンベルも何故か10`が一個に5`が一個、バーベルは左右で重さが違うという具合で、
これがデフォなら昔の人は何をどう鍛えたかったんだろうと言う有様。まともに
使えるのはボート漕ぎと腹筋台位だったので、専ら大鏡の前でシャドーをやっていました。
鏡はガラス張りの扉の正面にあったので部屋の前を通る人の姿は視界に入りましたが、
毎度の事なので殆どの人が素通りで、私も気になりませんでしたが、ある時異様な光景が
視界の中に飛び込んできました。風呂桶を持った7,8人の塊が部屋の前を通過したのです。
寮生活をした人なら分かると思いますが、年中顔を合せているのでどんなに仲良しでも
一緒に食堂や風呂に行くとしてもせいぜい2,3人で、7,8人と言う数からして変ですが、
その塊は通り過ぎたと思ったら、戻ってきて部屋の前で何やら話し込んでいます。
鏡越しに見るとどうも日本人じゃない。
これが噂の●宇の連中か、しかし何故扉の前で会議?と思いながら知らない振りで
シャドーをしていると、
「よし、決めた!」
みたいな感じで一同が肯き、扉を開けて入ってきました。風呂桶持って…。
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269 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:18 ID:Wku2l9D/
好奇心に勝てなかったのでしょう、彼らはシャドーをしている私を尻目にそこら中の
物をいじくり始めました。
しかし、前に書いた様に変な物しか置いてないのですぐに飽きたらしく何か一言二言
言い合うと、ゾロゾロと帰って行きました。
「よかったぁ」
と、思いまたシャドーを始めましたが、1人だけ私が気になるのかなかなか帰ろうとしません。
扉に手は掛けたのですが、暫くそのままの状態で私を見つめていましたが、
意を決したようにこちらに近づいて来ると、あちらの言葉で何か言ってきました。
「何?」
無視するわけにもいかないので振り返って聞くと、微笑みながらやっぱりあちらの言葉で
何か言っています。現場でもこの調子なのでしょうか?どうせこの会社の事だから
通訳は1人しかいないに決まっています。彼らの配属された現場の人間の声無き叫びが
聞こえて来るようでした。
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271 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:19 ID:Wku2l9D/
(日系人は昼夜合せて200人余りいるが正式な通訳はたった1人。しかも昼間しか
いないのでこれが要らないトラブルの原因になっていた。言葉の問題は他人事では
無かった)
まあ仕事じゃないので慌てる必要もなく、暫く聞いていたのですが、もう1ヶ月は
日本にいるはずなのに日本語のカケラも出てきません。無理とは思いましたが、
「名前は?」
と、言ってみました。当然のように無視されて、彼は何かをまくしたてています。
「what your name?」
これも通じません。
かの国の偉い人は一体何がしたくて万国共通語も研修先の言葉も理解できない人間に
国境を越えさせたのでしょう?
仕方が無いので自分を指差して、「○○、○○(私の名前)」を連呼しました。
(「スターゲイト」か「インディージョーンズ」を想像してください)
そのうち彼はそれが名前だと分かったらしく、私を指差して「○○?」と言いました。
私が肯くともう一度「○○」と指差し、今度は自分を指してはっきりこう言いました。
「チェさん…」
「はい?」
何故初対面の人間を呼び捨てで自分は「さん」付け?つか何でそこだけ日本語なの?
かの国の文法に「絶対敬語」があるのは知っていたので恐らくチェさんには私の方が
年下に見えたのでしょうが、こういう用法ってアリなの?
チェさんは唖然としている私にお構い無しで喋り続けています。しきりに私を指して
「バクシン、バクシン」
と言っているので、(私、練習用のグローブしてました)その辺のことなのだろうと、
とにかく何を言いたいのか理解しようと、ジェスチャーゲームが始まりました…。
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275 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:28 ID:Wku2l9D/
(>272 関係ありません。長い割には小ネタなのでコソーリあげようと…)
暫くして分かったのは、要するに
「ボクシングなんて下らない。ウリの国にはテコンドーという格闘技があるニダ。教えてやるニダ」
と、言うことでした。
余計なお世話だとは思いましたが、まあ、試技でもやってくれるのだろうと思っていると、
やにわに私を自分の正面に立たせて所謂アップライトスタイルにさせると、履いていたサンダルを
脱ぎ捨て軽快にステップを踏み始めました。
「もしかして私、的?」
チェさんはどうやら私のグローブをパンチングミットに見立てて技を繰り出そうとしているようでした。
「何か、嫌だなぁ…」
ボクシングは基本的に蹴り技は想定していないので当たったらどうしようかと思っていたのですが、
彼のステップを見ていて心配は吹っ飛びました。
たかだか練習生の私が言うのも何ですが、チェさん、隙だらけ。
蹴りを出そうとしているのが見え見えで、上半身は全くの「お留守」。
しかも私は止っている的なのだからさっさと蹴ればいいのに勿体つけてタイミングを計っています。
「本当にできるの?テコンドー」
私は一歩前に踏み込んでストレート出したら当たるだろうな、という誘惑を抑えるのに
必死になりました。
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278 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:34 ID:Wku2l9D/
今度も10cm程手前を掠めていきましたが、無理に当てようと前のめりになったために
バランスを崩し、そのまま床に「踵落とし」が入りました。
物凄く鈍い音がしました。相当痛いはずですが、チェさんは何事も無かったように
またステップを踏み出します。当たるまで止める気はなさそうです。
しかしその前に彼がもう一度床に「踵落とし」を決めたら確実に足が逝くだろうな、
と心配になりました。ただでさえ汗だくで肩で息をしています。
「当たってやるか」
そう思った次の瞬間、チェさん、今度は無言で再度「踵落とし」。
さっきより半歩前に出ればいいものを2歩踏み込んできました。明らかにグローブではなく
顔を狙っています。
蹴りのタイミングはもう見切っていたので私は軽くスェーバックすると彼の踵にグローブを出しました。
「パーン!」
と、乾いた音を残して「踵落とし」は見事に決まりました。
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279 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 06:41 ID:Wku2l9D/
(>277 そういうカキコは困る。そっちの方が面白いニダ)
「これで終わるな」
私は彼が得意満面の笑みを浮かべて去ってゆく絵を想像したのですが、
何故か血相を変えて飛んで来ると私の左手を抱えて泣きそうな顔でまた何か喋り出しました。
どうやら余りにも景気のいい音がしたので私の手が折れたのでは、と心配のようです。
笑ってしまいました。私が心配というよりもむしろ自分の「実力」に驚いた様子でしたから。
アンコの入った革製品はまともに当たると「ドスッ」という鈍い音が出ますが、
寸止め程度、ちょっと擦り気味に当たるといい音がします。サンド叩いた人なら誰でも
知ってると思うのですが…。
もういい加減「異種格闘技ごっこ」にも飽きたのでどうやってお引取り願おうか
考えていると彼の足の裏が真っ黒なのに気付きました。
喋り続ける彼を制して目配せすると、彼は自分の足の裏を見て、
「アィ!」(ゴーと続くと思ったのですが、アィ!で切れました)
と叫んで固まりました。私は通じないとは思ったのですが、風呂桶と時計を指して、
「まだ風呂は開いているから入りなおして来い」
と言いました。これは何故かすぐに分かったようなのですが、
「大丈夫ニダ」
みたいにしきりに手を振ると、急に慌てだして真っ黒な足でサンダルをそのまま
履くと、自分の部屋に向かって足早に去って行きました。逃げるように…。
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283 名前:・・・ 投稿日:03/09/14 07:00 ID:TCezuyla
(スマソ、レスがダブってしまいました。エラーが出たもんで…混んできたのか?)
私が、
「おまえのせいでウリは骨折したニダ!謝罪するニダ!賠償するニダ!」
とでも言い出すと思ったのでしょうか?
それから、彼らが帰国するまで「トレーニングルーム」には行きませんでした。
実害はありませんが、そのうち何かされるような気がしたので…。
しかし、チェさんは何のために風呂に入ったのでしょう?
いまだに「かの国」のひとは理解できません。
つか、みなさんまだ起きてたんですね。 長々スマソ、おしまいニダ…。