×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

戦時中に知り合った韓国人
E01-590氏  




590 名前:名無しさん 投稿日:05/07/21 14:02:57 ID:rwYDbYHj

亀レスですが、インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc様、良い話をありがとうございます。 

私も祖父の知人(決して亜熊と呼べない希少種の方)の話を投下しても宜しいでしょうか? 
 


------------------------------------------------------------
594 名前:590 投稿日:05/07/21 14:59:24 ID:rwYDbYHj

父の話によると、祖父が戦時中に知り合ったKさんは、 
とても韓国人らしくない方だったそうです。 

第二次世界大戦直前に大学進学のために来日、東大の医学部在学中に海軍へ入隊、
その後祖父の居た部隊に見習軍医として配属され、歳の近かった祖父と意気投合し 
友好を深めたそうです。 

ちなみに、その当時のKさんは、普通にKを名乗っており、K田やK山のような通名を
使っていなかったとのことです。 父は日本名を強制された話をする在日を見ると、
「チョソの与太に乗せられる馬鹿マスコミ」と、Kさんのことを引き合いに出し、
言っていました。 

終戦後、祖父は故郷で家業を継ぎ、Kさんは勉学を続けるため東京に残り、しばらく
祖父の叔父の家から学校に通っていたそうです。Kさんは、三国人を名乗り日本人に
対し非道を働く他の同胞を見て、申し訳ない、申し訳ないと周りの日本人に対し 
お詫びをしていたそうです。 


------------------------------------------------------------
604 名前:590 投稿日:05/07/21 19:17:38 ID:rwYDbYHj

大学卒業後、Kさんは日本で医師として働く気で居たようですが、本国の家族
(両親や兄弟、婚約者)のこともあり、帰国したそうです。 
帰国の際、祖父、祖母、幼い父達にお別れを言いに来たKさんは、 

「私は他の同胞と違い、日本に愛着を持っている。
 日本人には返しきれない恩もある。
 しかし、家族のことを思うと帰らざるを得ない。」 

そしてその後、 

「なぜ朝鮮は独立したんだろう。独立すれば、また貧しい国に逆戻りじゃないか。
 日本人の勤勉さを抜きにしては、あの国が成り立っていける訳がない」 

と言い残し、帰国したそうです。その数年後、Kさんが言ったとおり民族分裂の
朝鮮戦争が始まりました。 

朝鮮戦争が終わり、かなりの時が経ってもKさんの消息は不明でした。 
何とか連絡が取れるようになったのが、ソウルオリンピックの頃で、たまたま出張で
ソウルに行くことになった父が、会いに行きました。 
その頃にはKさんと深く関わりのあった祖父も祖母も亡くなっており、Kさんはそれを
とても悲しんでいたそうです。そして、いつか祖父達のお墓参りをさせて欲しいと
言っていたとのことでした。その際に、靖国神社に戦友達のお参りに行きたいと
仰っていたそうです。 

近頃の韓国の政策を見聞きするに従い、日本を愛したKさんのような方々が片隅に
追いやられ、感情論のみで日韓関係を語るような輩が政府を牛耳っている限り、
真の意味での日韓友好などありはしない、とつくづく思います。 


------------------------------------------------------------
613 名前:590 投稿日:05/07/21 19:42:02 ID:rwYDbYHj

まとめきれなかった部分として、ちょっと補足させてくださいね。 

Kさん、朝鮮戦争中に奥様、幼かった息子さんを含めた家族のほとんどを失っています。
その後、生きていくために医師を辞めて商売を始め、再婚、二人の息子さんに恵まれ、 
お二人とも陸軍士官学校に進む、と良い時期が続いたそうです。 
しかし、軍の派閥争いか何かでお二人とも軍を追われ、アメリカに移住してしまった
そうです。 

父がお会いしたときは、まさに息子さん達がアメリカに行ってしまった時だったそうで、
父のことを私の日本の息子と呼び歓迎してくださったそうです。それから数年後、
息子さん達からの誘いもあったそうで、一時期アメリカに住んだこともあったそうですが
韓国に戻り、21世紀に変わる直前、亡くなったそうです。 

息子さんからの手紙(英文だったため、英語が苦手な父の代わりに私が訳しましたが)
によると、最後まで日本にもう一度行きたいと仰っており、死んだときは朝鮮人で
元大日本帝国海軍のKとして葬って欲しいと言っていたそうです。 

Kさんにとって日本とは、青春を過ごした輝かしい国であり、また、ある意味祖国とも
呼べる国だったのかなぁと思います。