×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

番外 日印交流小史
インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc  




513 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:10:51 ID:yB563cgr

さて、壮大な自爆エロ寸前のミスをしてしまった私が来ましたよ。 orz 

というわけで、帰宅以来3時間ほど使ってまとめてしまったネタだけど大丈夫かな? 


------------------------------------------------------------
517 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:15:12 ID:yB563cgr

いや、今回はワクテカするネタはあんまり無いよ(笑 
むしろ男臭い友情と、歴史のお話。 

さてさて。以前の報告の通り、Sさん帰国後もメールのやりとりをするようになりました。 
そこで、以前から気になっていた疑問を投げてみました。 

「何で軍歌なんか知ってたんですか」って件です。 

前にも少し触れましたが、Sさんご多忙&突っ込んだ話になるとSさんの日本語能力と
私の英語能力に限界が来るせいで、やりとりに時間がかかっちゃってたんですよ。 
でも、Hさんの里帰りとUさんという優秀な通訳が入ってくれたおかげで、いきなり
話が進みまして(ちなみに、日本語能力はネイティブ>Hさん>Uさん>Sさんって
感じですね)ようやく話がまとまりました。 

…といっても、話を聞いてからそれをこういう場に出せるようにまとめ直すのが一番
時間かかったり…でも楽しかったですけどね。いろんな意味で。 

というわけで、今回の話の一部はHさんやUさんにも確認を取ったり、補足をして
もらっていますので、3人の話のチャンポンを、私がフェイクと多少の補足(微妙に
脚色かも…)を加えた上でまとめています。お読みになる際はその辺ご容赦ください。 

あと、すげー長くなっちゃいました(汗 
戦争の話が苦手な方、9賎人がらみの話以外に興味のない方は読み飛ばした方が良いかも。 


------------------------------------------------------------
518 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:16:42 ID:yB563cgr

さて。 

…昔々、第二次世界大戦の頃、Mさんというインド人の若者がいました。 
Mさんは、インド国民軍に参加し、日本軍の新藤(仮)という軍人の下で訓練を受けたそうです。 
新藤氏は、日本人にしては色が黒く目鼻立ちが濃かったせいで、日本兵の間で「インド人に
似ているから、お前のあだ名はインドさんだ!」とおもしろがって呼ばれていたそうです。
また、Mさんたちからも、そのあだ名と、名前の発音がインドの古称である「シンド」と
似ているため、「シンドさん、シンドさん」と親しみを込めて呼ばれるようになったそうです。 

新藤氏の訓練は厳しく、Mさんたちインドの兵士を怒鳴りつけたり鉄拳制裁を加えたりするのも
日常茶飯事だったそうです。 
しかし、訓練が終わると、日本の歌やインドの歌を一緒に歌ったり、言葉を教えあったり、時には
特別配給されたお菓子を分けてくれたりと、日本人、インド人を問わず、兵士たちの誰からも
尊敬され、愛される上官だったそうです。 


------------------------------------------------------------
520 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:19:11 ID:yB563cgr

そして、訓練も終わり、インパール作戦への開始。
その時、Mさんたちは新藤氏の部下(?)として、作戦に参加することになったそうです。 

激戦の中、新藤氏の部隊は、強力なイギリス軍の陣地を攻めるため、本隊から大きく迂回して 
ジャングルの中を進み、イギリス軍の背後を突くように、という命令を与えられました。 

しかし、攻撃前にイギリス軍に発見され、ほぼ全滅するほどの被害を受けたそうです。 

気づけば、Mさんの周囲で生き残ったのは、同世代の若いインド兵がわずか5名。みんな恐怖で 
逃げ散ったためにかろうじて生き残った者ばかりだったそうです。 
イギリス軍に見つかれば殺される、と怯えるMさんたちの元に、片腕を失った新藤氏が合流し 
「作戦は失敗した、本隊と合流しよう」と告げたのだそうです。 

ですが、武器も食糧も水もろくになく、本隊がどこにいるのかもわからず、しかも敵兵がうようよ
いる中では、夜中にしか移動できません。そんな中でも、重傷の新藤氏は怯えるMさんたちを
励まし、杖代わりの小銃にすがって山中をさまよったそうです。 

※インド人部隊が日本軍の中に編入されたのか、作戦の都合上新藤氏の部隊と行動を共にした 
だけなのかは、確認とれていません。識者な諸兄のご指摘をお待ちしております。 


------------------------------------------------------------
524 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:21:36 ID:yB563cgr

数日後、食糧も水も尽き、新藤氏の病状も悪化し、いよいよもうダメだ、とMさんが覚悟した時。 
最悪なことに10人ほどのイギリス軍の小部隊が近づいてくるのを発見します。 
新藤氏は、Mさんたちにこう告げます。 

「私は、この怪我ではまもなく死ぬ。
 だが、諸君はなんとしても生き延びて、インドの独立のために戦いなさい」 

うなずくMさんたちを地面に伏せさせ、その上に土や落ち葉をかぶせた後、新藤氏は
「ガンバレ!」と叫ぶと、弾の尽きた小銃だけを手に、イギリス軍に向かって駆け出します。 

しかし、何歩も行かないうちに、イギリス軍の機関銃に頭を撃たれ、鉄兜をはね飛ばされ、
その場に倒れます。それでも、新藤氏は跳ね起き、小銃を構えてイギリス兵に襲いかかり、
銃剣で3人を刺し殺したそうです。 

なおも片手で血まみれの銃を振り回す新藤氏に恐れをなしたイギリス兵は、武器や荷物を
放り出し、悲鳴を上げて逃げ去っていったそうです。 

イギリス人が逃げ去って始めて、新藤氏はその場にばったりと倒れます。 


------------------------------------------------------------
525 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:22:36 ID:yB563cgr

敵兵が去った後、新藤氏に駆け寄ったMさんたちが見たのは、最初の機関銃の弾で頭を撃ち
抜かれたためか、頭が半分無くなってしまった新藤氏の変わり果てた姿でした。 

Mさんたちは、新藤氏の遺体を囲んで泣き、日本人がこんなに勇敢に戦ったのに、私たちは
怯えて見ているだけだった。情けない。これからは勇敢に戦い、新藤氏が願ったように、
生き延びてインドのために命がけで働こう、と誓ったそうです。 

そして、新藤氏の遺品である銃やお守りを手に、イギリス軍の残していった武器や食料を
みんなで分け合い、その場を離れます。 
新藤氏の死から、10日以上も山中をさまよった後、一行は小さな集落にたどり着き、その
住民に助けてもらってようやく日本軍(当初属していた本隊ではない部隊)と合流できた
のだそうです。 


------------------------------------------------------------
526 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:23:58 ID:yB563cgr

形見のお守りは合流した日本軍の士官に渡したそうですから、おそらく遺族の元に戻った
ことでしょう。 

そうそう、士官が確認のために開けた時、中には小さな木の板と、折りたたんだ写真…
新藤氏が奥さんの隣で、小さな女の子を抱いて微笑んでいる写真…が入っていたそうです。 
小さなお子さんのためにも、なんとしても日本に帰りたかっただろうに、命がけで自分たちを
守ってくれた新藤氏の勇気に、Mさんたちは再び声を上げて泣いたそうです。 

そして、終戦。 
最後までMさんたちの面倒を見てくれた日本軍の士官は

「私たちと一緒にいると、イギリス軍に捕まってしまうから、身分を隠して故郷に帰りなさい」

といって、わずかながらお金や食料、衣服などを分け与えてくれたそうです。
そして、「インド独立の約束を果たせなくてすまない」と涙を流して頭を下げたそうです。 


------------------------------------------------------------
529 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:27:21 ID:yB563cgr

戦争の後、故郷に帰ったMさんたちは協力し合い、新藤氏の最後の言葉「ガンバレ!」を
合い言葉に、インドの独立と発展のために必死で働いたそうです。そして、Mさんは軍人と
して大成し、仲間たちもお互いに力を合わせて、政治家や実業家、学者として同様に成功を
修めたそうです。 

そう。Mさんは、Sさんたちの一族の人、Sさんの大叔父さんにあたる人だったのです。 
この話は、子供の頃からSさんたち兄妹が繰り返し繰り返し聞かされてきた物語なのだそうです。 

Sさんが初めてこの話を聞いた時には、5人のうち、Mさんともう1人しか生き残って
いなかったそうですが、その2人から、日本人がいなかったら、自分たちはきっとまだ
イギリス人の奴隷だったこと。そして、アジアを解放するために戦ってくれた日本人の
勇敢さが自分たちを目覚めさせてくれたこと。そして、恩人の新藤氏は、今も自分たちを
守ってくれていることを教えてくれたそうです。 

そして、この話と一緒に教えてもらったのが、新藤氏が大好きで、みんなといつも歌っていた
「愛国行進曲」だったのだそうです。 

※以前教えてくださった方のおっしゃるとおり、Sさんが歌った軍歌は「愛国行進曲」でしたよ。 


------------------------------------------------------------
531 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:28:39 ID:yB563cgr

以上、今回は完全に韓国人と無関係の、Sさんから聞いたインドのお話でした。 
個人的に深く感動しましたが、私にはこの話は、遠い昔のおとぎ話としか感じられませんでした。 

勇敢で、高潔で、誰からも好かれた日本人。そんな日本人は今どこかにいるのだろうか。 
そして、今の私は(同時に、私たち日本人は)、Mさんや、その意志を受け継いだSさんたちの
好意と敬意に応えられるだけの存在なんだろうか。
そんなことばかり考えてしまいました。 

でも、ほんの60年前。私の両親や祖父母の時代に、この国には確かにそんな立派な人間が
いたという事実は、私にとって小さな誇りと、負けないように自分も頑張らないと、という
目標を与えてくれたような気がします。 

最後に。 
今回の話は、もともとが古い時代の聞き語り。話した本人も、聞き覚えた人々も幼い頃の記憶に
頼っていますし、歴史や軍事に詳しい訳でもありません。 
また、この話をまとめた私自身も第二次大戦に関する知識に乏しいので、戦史に詳しい方から
見れば首をかしげるような部分もあるかも知れません。 

その点をご理解頂ければ幸いです。 


------------------------------------------------------------
535 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:32:27 ID:yB563cgr

そうそう、この話にはちょっとオカルチック(?)な余談があります。 

新藤氏が死んでMさんたちが山中をさまよっている時のこと。 
疲労で見張りを立てる余裕もなく眠ってしまった5人全員の夢の中、新藤氏が出てきて
「敵襲!」と叫んだそうです。 
そして、はっとして目覚め、跳ね起きて藪の中に身を潜めたMさんたちのすぐ近くを、
イギリス兵の偵察部隊が通り過ぎていったそうです。 

その後も何度か、Mさんたちの夢に新藤氏が現れて、敵が近くにいることを教えてくれたそうです。 
Mさんたちは、死んで霊になった新藤氏が自分たちを守ってくれていると信じ、夢の警告に従って、 
ひとりの死者を出すことなく生き延びることができたのだそうです。 

しかも、戦後の独立運動の間も、その後の軍務の中でも、新藤氏は何度もMさんたちの夢に現れ、 
様々な危険を教えてくれたそうです。 

…霊のお告げ、ってのは「Mさんたちの、疲労状態でも極限まで緊張しきった神経が、敵兵の
近づくのに気づき、無意識のうちに便りにしていた新藤氏の姿を借りて警告を発した」合理的に
考えることも出来ますが、やっぱり、これだけは、死者の魂が最後まで守っていてくれた、という
説明の方がしっくりするような気がします。 


------------------------------------------------------------
545 :インド人の知り合い ◆tSscf1zzqc :05/07/21 00:37:43 ID:yB563cgr

さて、以上、インド人の知り合いから聞いた、昔々の英雄端でございました。 

ご支援と、ご静聴ありがとうございました。 

えーっと、あと、UさんやHさんの話はまた今度。 
この話を聞いた後に、私が面白おかしくはしゃぐのはちょっと、その、ねぇ?w